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夢遊病(2話、前編)



「いったい、どうして俺はこんなところにいるんだろう?」
 何気なく見渡す。
 綺麗に整頓された部屋。
 可愛らしいクッション。ベッドの上にはぬいぐるみもたくさん置いてある。
 
 そう、俺はクラスメートの南条沙耶さんの部屋にいるのだった。


 30分前−−

『まずいよなあ…』
 ホームルームが終わった教室。
 授業中とは雰囲気が一変している。みんな楽しそうだ。
 予備校へ行くために教室を後にするもの。
 クラブへ出るために一目散に部室に向かうもの
 どこで寄り道していくかを友達と楽しそうに相談するもの。
 しかし、そんな中で、俺は一人浮き上がっていたのかもしれない。
 帰り支度もしないでぼーっと窓から外を見ていたのだから。
「な〜に黄昏てるのよぉ」
「…何でもないよ」
 声をかけて来たのは南条さんだった。
 俺の席から2つ後ろの席なのだが、クラスが一緒になってからと言うもの、何かと言って話しかけてくるので、いつの間にか自然に話せるようになった女の子だ。人見知りが激しい俺には珍しい事だ。
「え〜。だって『僕は悩んでいます』なんて顔に書いてあるよ」
「……」
 確かに悩んでいる事は確かだった。
 授業が終わり、帰宅部の俺は家に帰るわけだ。もちろんどこかで寄り道して時間をつぶす事も出来る。しかし結局最後には家に帰らなくてはいけない。そして家には葉月がいる。昨日の今日でどんな顔をして会えばいいんだろう。
 いや、そんな事だけで済めばなんの問題も無い。
 昨日、いくら誘惑されたとはいえ、葉月に手を出してしまった。義妹だと言うのに。あの時母さんが声をかけてくれなかったら、きっと俺は、葉月の中を自分の欲望で埋め尽くしていたに違いない。
「…ねぇ」
 でもいくら本当の兄弟じゃないとはいえ、あんな事して良いわけがない。ああいう事は、興味本位でたまに見るマンガだけで十分だ。
「ねぇねぇ」
 あの言葉…昨日の葉月の言葉…。
 昨日のように葉月に誘惑されたら、俺は我慢できるとは思えない。情けないとは思うんだけど。でも俺くらいの年頃じゃ、こういう方面に一番興味を引かれるわけだし……って、何言い訳してるんだよ。
「ねぇってば!」
「うわぁ!?」
 い、痛い…思いっきり背中をはたかれた。何するんだよ。
「何かあったの?」
 心配そうに覗き込む顔を見もしないで俺は言い放った。
「だから何でもないって言ってるだろ」
「嘘」
「…なんで」
 あまりにもあっさり言われたせいか、俺はつい口調を柔らかくしたようだ。南条さんは、お互いの息が感じられるほど近くに寄ってくると、そっとつぶやいた。
「だって…だって、いつも見てるんだもん。だからわかるんだよ」
「え?」
 思わず見つめてしまった。
「…」
「…」
 な、何。いつも見てたって…そ、そういう意味…いや、まさか。
「…うん。そういう事」
 まるで俺の考えている事がわかってるような言葉。
 ドキリと俺の心臓が高鳴る。
「好きなの。だからわかるの…心配なの」
 さらっと言われた。
「え!? あ…う…」
「だ、だから…」
「……」
「……」
 俺はどんどん顔が赤くなっていく。南条さんもつられて赤くなる。
 だ、だめだ。俺はこんな雰囲気には慣れて無いんだよ。
「お、俺。帰らなきゃ」
「…わ、私も帰る」
 ・
 ・
 ・
 ……なんでこうなるんだろう。
 いつもの帰り道。
 いつも一人で見ていた街並み。
 それなのに、なぜか横に女の子がいる。
 南条さん。
 クラスの中だけじゃなく、学校中でも人気のある女の子。
 ラブレターだっていつももらっているらしい。
 でも、そういえば誰かと付き合ってるって話を聞いた事が無い。
 じゃあさっきの言葉って…まさか…。
「さっきの好きって言葉、ほんとなのかな」
「うん、ほんとだよ」
「うわ!?」
「何驚いてるのよ」
「あ…」
 いつの間にか声にしていたらしい。
 聞かれた!?
 また顔が赤くなる。
「うん。そう…」
「…」
 当たり前だが、歩道のど真ん中で顔を赤くしている二人は、とっても目立つ。その証拠に周りからいろいろ同級生のはやし声がうるさい。その声にさらに赤くなってしまう。
『に、逃げよう』
 こうなったらダッシュで逃げようと、俺はかばんを持ち直した。すると、そっと俺の腕に南条さんが腕を重ねてくる。さすがに振り払うわけにもいかず、どうしようかと考えていると、ささやくような声が聞こえた。
「…ね、ねぇ。どこか行こうよ」
「う、うん。そうだな」
「そうだ。わたしの家ならすぐだから」
「え?」
「お茶くらい出すから、ね」
「あ、ああ」


 そして今。

 部屋を見渡していると気が付いた。
 くん、と鼻をくすぐる香り。
 なんだか良い香りだ。
 葉月の部屋ともまた違う、甘く柔らかい香り。
「女の子の部屋って、どうしてこんな良い香りがするんだろう」
「部屋がどうかしたの?」
「な、な、何でもないよ」
 いつの間にか南条さんがティーセットを持ちながら、器用に扉を開けていた。
「え〜。だって何か言ってたじゃない」
「あ。それ持つよ」
 赤くなっている顔を見せないようにしながら、南条さんの手からトレイごと取り上げる。
 紅茶とケーキのセットだった。
「…ん、まあいいか。これ、私自慢のケーキなんだから、良く味わって食べてね」
「南条さんが作ったの?」
「うん。結構お菓子づくりとか自信があるんだ」
「へぇ…」
 一口…二口…。そして紅茶。
「どう? 美味しい?」
 俺は大きくうなずいた。
「美味しいよ。うん。凄い。ケーキ屋さんのと区別が付かないよ」
「えへへ。ありがとね」
 そしてまた会話が途切れる。
 フォークが皿に当たる音が時折響く。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
「お粗末様でした。じゃあ片づけてくるから、ちょっと待っててね」
 一人で残されると、また色々考え始めてしまう。
 だから、どうして俺は南条さんの部屋にいるんだ?
 もう一度思い出してみよう。
 えっと…。
「お待たせぇ」
 俺の思考は元気な声に中断させられた。
 南条さんは俺の横にぺたっと座り込んだ。腕が触れてる。恥ずかしくて横に移動すると、また擦り寄ってくる。今度は何気なくクッションを二人の間に置いてみた。
「どうしてそういう事するの!」
 むっとしたようにクッションを弾き飛ばして、南条さんは俺の腕にしがみついた。
「私とこうして座るのがそんなに嫌なの?」
「だ、だ、だって、ほら、あの、その…」
「嫌なの?」
 真剣な瞳が俺を映している。
「嫌じゃないよ。でも…」
「でも?」
「南条さんと俺って…」
「ストップ!」
「え?」
「沙耶よ。沙耶って呼んで」
「…沙耶さん?」
「さ・や」
「…沙耶?」
 俺の言葉に微笑む沙耶。
「はい、続けて」
 流されてるなあ…。
「さ、沙耶と俺って、別に付き合ってるわけじゃないしさ」
「うん、だからちょうど良いじゃない」
「なんで?」
「だって…だって、今日から付き合うんだからっ」
 一瞬惚けてしまった。
 え ええ? えええ!?
 付き合う?
 誰が?
 俺が。
 誰と?
 沙耶と。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ。それってどういう意味だよ、南条さん?」
「…沙耶だってば」
「呼び方なんかどうでも良いじゃないか。それより…」
「どうでも良くない!」
 ぎゅうっと抱き込まれた腕がさらに強く掴まれる。
「だって、好きな男の子に名前で呼んでもらうのって気持ち良いんだよ」
「いや、そういう話じゃなくて、これから付き合うって…」
「大事な話なの。名前で呼んでもらうのって」
「だ、だからぁ、その前に付き合う付き合わないの話を……え?」
 冷たい!?
 手に何か冷たいものが落ちてきた。
 涙?
 泣いてるの?
「な、南条さん」
「…ぐす…さ、沙耶だって…ばぁ…」
 泣く子には敵わない。ため息一つ。
「さ、沙耶。泣いてるの?」
「…ゆ、勇気を…出して告白…してるのに…返事、くれない…だもん」
「…」
「嫌いなら嫌いって言ってくれた方が良いのに」
「…」
「…ご、ごめんね。無理矢理連れて来ちゃって、一方的に話しちゃって」
「…」
「こんな女の子、嫌いだよね。ごめん。今までの事は忘れて」
 抱き締められた腕から力が抜けていく。俺は思わず振り向いた。
「でもね」
 見ると、涙を一杯に溜めたまま、沙耶が俺を見上げていた。
「でも好きだったんだよ。嫌われちゃったかもしれないけど、ずっと……ずっと前から」
 絡んだ視線が離れそうになった時、俺は反射的に口に出していた。
「好きだよ」
「ぐすん…え?」
「好きだよ。嫌われちゃったなんて悲しい事言うなよ」
「…ほ、ほんと!?」
 葉月の事や色々頭の中を駆けめぐった。しかし、涙を一杯にして、でもとても嬉しそうな瞳を見た瞬間、
「ほんとだよ。好きだ。沙…」
 でも最後まで言えずに、俺の唇は沙耶の唇に塞がれた。
 ふっと沙耶が離れて行く時、銀の糸が二人を一瞬繋ぐ。
「…はぁ…嬉しい。キスだけでこんな気持ちになれるなんて知らなかった」
「俺もだよ。でも…」
「?」
「こんな俺を好きになってくれる人がいるって事が不思議だよ」
 きょとんとする沙耶。そして、くすくすと笑い出した。
「何か面白い事言ったか?」
「こう言う事って本人が一番わからないってほんとね」
 沙耶は戯けてウインク一つ。そして軽いキス。
「クラスメート、ううん、学年の中でも人気あるのよ。わたしだって告白する前に、誰かが先に告白しちゃったらどうしようって、ずーっと悩んでたんだから」
「でも、今まで話しかけてくれた女の子は沙耶だけだった」
「うん」
「俺だって、沙耶って綺麗だなって前から思ってた。それに優しかったし。人気あるし」
「…や、やだ」
 恥ずかしそうに身をよじる。
「だからこそ異性として付き合うとか考えられなかったのかもしれない。普通に話す事が楽しかったし、そういう友達を無くしたくなかったし」
「…でも」
「うん。俺もやっと自分の気持ちがわかった。沙耶の事、好きだったんだって。友達とかじゃなくて、女の子として」
 俺の言葉に、沙耶は頬を赤らめ胸の中に飛び込んできた。俺が沙耶の背中に手を回すと、一瞬びくんと震えたが、沙耶の腕も俺の背中に回ってくる。
「…」
「…」
「…ね、ねぇ」
「ん?」
「わたしって一人っ子なの。そ、それでね。いつもお父さんもお母さんも遅くまで仕事で帰って来ないの」
「え?」
 思わず聞き返すと、背中に回された腕に驚くほど強く力が加わる。
「こ、こんな事、これ以上女の子から言わせないで…」
「あ、ああ」
 俺は沙耶をベッドに横たわらせると、カーテンを閉め、そしてドアの鍵をかけた。
 カーテン越しにも、部屋の中はぼんやりと明るく、その柔らかな光の中で、セーラー服姿の沙耶が浮かび上がって見えた。
 ベッドの上で瞳を閉じたまま、俺を待っている。
「沙耶…」
「…ぁ…んぅ…」
 キスをした。心を込めたキス。
 俺から沙耶への初めてのキス。
 とっても嬉しそうな表情を見せる沙耶。
 でも、なぜか、沙耶の姿に葉月が重なった。
 ・
 ・
 ・
 ……ズキン。
 いつの間にか胸の中で葉月が泣いていた。


 祝、30000Hit(^^)


 あまりのカウンターの回る早さにただただ驚くばかりです(^^;

 今回は記念投稿が遅れてしまって恥ずかしいです(;_;)
 個人的に色々あったものですから(良い事ですけど)だいぶ遅れてしまいました。書き始めて葉月がこのままだとあっさり気持ち良くなっちゃいそうだなあと思ってたら、主人公の周りで思わぬハプニングが発生して、素直に家に帰らず、結局……って話になってしまいました(^^; さらには今回が前編でエッチなのが全然ありません(^^; でも後半はこのままなら初めから凄い事になるはずです。でももしかしたら葉月が少し泣いちゃう方向にするかも。2つ書いて考えます。
 今度はちゃんとピッタリに送れるようにしたいです。…というか、先に書いておけば良いんでしょうけど、やっぱりお祝いって感じで近づいてきてから書きたいんですよね(^^; で、気が付くと越えているなんていう事に…。


 葵日向さんへ
 順調に進んでいる第5章。とても楽しみですー(^^)/
 頑張ってくださいね。

P.Sメールアドレスが出来ました(^^)

Writed by 和田ひろみ
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